アッチャー!? インド生活
これからのインド生活が アッチャー(ヒンディー語で「良い・素敵」)なるか、 はたまたアチャチャ…になってしまうのか? →結果:ボハット アッチャー!!インド生活!《インド生活、ムッチャええ~!》第二弾日本生活ブログは『布団が吹っ飛んだ!』です。
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アジャンタ・エローラへの旅~その2~
さて、エローラでお昼ご飯を食べた後、アウランガバード市内観光へ出掛けた。
まずはパン・チャッキーへ。ヒンディー語で「水車」という意味らしい。
日本の水車は水圧を受けて縦回転するが、このパン・チャッキーは横回転して麦を轢いている。
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遠くの山から運ばれてきたという水が上部を流れている。
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同じように水車小屋という伝統建築物を各地に有する日本国民としては、このパンチャッキーの、何がどのように凄いのか、あまり感動はしなかったのだけど、ガイドさんは「この技術、素晴らしいでしょう!!」と得意げに説明してくれたので、うんうんと頷いて話を聞いた。

私が気になったのはパン・チャッキーではなく、隣に併設されているイスラム・モスク。
流石はアウランガバード。バードと名付けられた通り、イスラムの世界。デリーで私たちが住んでいた地区には無かったイスラム~な雰囲気が漂っている。お祈りの時間を告げるアッザーンが街中に響き渡り、お祈りの前に水で手足口を清める人々。女性も皆ブブカを目深くかぶって全身を黒い服で覆い隠している。
自分達も髪の毛を布で覆い隠し、神聖な祈りの様子を見させて頂いた。

パン・チャッキーのお次は、「かのタージマハルの縮小コピー」とも謂われる「ビービー・カ・マクバラ」。タージマハルはムムターズ妃の霊廟であるが、後者はビービー妃の霊廟。
「縮小コピー」とは謂っても、形も素材も異なっており、それぞれに趣があってどちらも美しい。
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ビービー・カ・マクバラでは、妹夫婦がインドの人たちに囲まれて、握手を求められたり一緒に記念撮影を迫られたりしている様子を眺め、「私たちもインドに来た当時はあんなことされたよね~。今は『観光客臭』ではなくて、同じインド臭を発散しているんだろうか?相手にされないよね(笑)」なんて話したり・・・。
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観光を終え、バスの中でガイドさんと色々お喋り&質問タイム。
「今までインド国内はどんな所に行きましたか??」
「あちこちに行っても、それぞれに違う魅力があって面白いですよね。例えば、サリー生地でも、織り方や模様の特徴も異なっていて、魅力が尽きないですね。アウランガバードにも、特徴的な織物はあるんですか?」
「ありますよ!当然あります!見に行きますか??」
「是非!!高いだろうけど、見るだけ・・・なら良いよね?A-さん??」

そして、ホテルへの道中寄り道して、アウランガバードの特産である「パイタニ・シルク」の工場へ。
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何百年もの間、やり方も型も変えずに、伝統を守り抜いているという工場での作業を見学。木造の織機の前にちょこんと腰掛け、ガチャンガチャンと模様を一つ一つ糸を差し替えながら織り込んでいく様子は、気が遠くなるほどの繊細さ。
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1日中作業しても、たった数㎝しか織れないという。ここにも、ゆったりしたインドらしい悠久の時の流れを感じた。
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模様は、アジャンタの石窟寺院天井に今も見られる曼荼羅が多く、キラキラしたシルクと金糸が織り成す様はまさに芸術品である。
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「最後だし、インドの記念に1枚・・・。」
「こんな緻密な手作業の織物なんて、日本で買ったら何万円もするで・・・」と夫A-さんを説得し、お気に入りをゲット(笑)
まだ山積みの段ボール箱だらけの我が家だけど、パイタニ・シルクを飾れるように、お片付け頑張るぞ~。

ホテルに戻って夕食を済ませ、シャワーにかかったらバタンキュー。
朝4時起き、移動、観光で疲れ果て、深い眠りについたのでありました。

翌日は朝食後にチェックアウトを済ませてアジャンタ観光へ。そして空港、デリーへの帰路という流れ。
1日目、子供達に無理をさせることなく、楽しく過ごせた。めでたし、めでたし・・・。

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[2010/11/29 23:36] | インド国内旅行 | トラックバック(0) | コメント(2)
アジャンタ・エローラへの旅~その1~
前回の日記でさらりと触れた妹夫妻とのアジャンタ・エローラへの旅行について・・・
ちなみに、アジャンタとエローラは、共に石窟寺院で有名な世界遺産にも指定されている場所であるが、それぞれ別の方角にあり、趣も異なる観光名所である。その2カ所を1泊2日で観てしまおうという欲張り観光プランがこちら(笑)

《アジャンタ・エローラ2日間の旅》
1日目
デリー 早朝5:45発JET AIR機にて空路アウランガバードへ
アウランガバード7:45着
到着後、日本語ガイドさんと合流し、専用車にて移動。
一旦ホテルチェックイン後、エローラへ
仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教の各石窟群を鑑賞(カイラーサナータ寺院など) インド料理店にて昼食

アウランガバード市内観光
ビービー・カ・マクバラー、パーンチャッキーなど
【アウランガバード 泊】

2日目
ホテルにて朝食後、専用車でアジャンタへ
駐車場からアジャンタ石窟まではバスにて移動
28の仏教石窟群(見学可能は26箇所)を鑑賞
26窟のインド最大の涅槃象など
インド料理店にて昼食

市内でお土産の買い物後、空港へ
アウランガバード発17:20 JETAIR機で空路デリーへ
(※ムンバイ経由便)
デリー21:20着


子供3人連れ、しかも一番下は2歳の乳飲み子・・・。「そんな小さな子供を連れて、この強行プランで大丈夫なの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれない。
でも、ご心配は全くご無用です(笑)

移動は私たち家族と妹夫婦とガイドさんだけでミニバスを貸し切り、おやつを食べたり、DSをしたり、お昼寝したりしながら、適度に疲れもとれる感じで寝ている間に目的地に着く。
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ミニバスの中での子供達3人。ケラケラ笑いながら、ここでもおやつ交換会をやっている。
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小さな子供が極力歩き回らなくて良いように、移動距離は最短に、目的地ギリギリまで車での移動。個人で訪れている人たちは、長い距離を歩いて行っていたけど、ガイドさんが付いていてくれると、そういう点でも通行手配してくれるのでとても楽ちん。


さて、ではアジャンタ・エローラへの旅。詳細レポートの始まり~。
飛行機は、機内食が結構美味しくてお気に入りのJETAIR(笑)
「国内旅行もこれが最後かぁ・・・」と思うと、見慣れたインド国旗も愛おしく、なんとか記憶に残そうと撮影してしまう。
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早朝便に間に合わせるため朝食抜きだったので、早速機内食の朝食を平らげる。こちらは大人用。
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ピー助の子供用メニュー。母に似たのか機内食好きなピー助は、これまたペロリと平らげた。
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飛行機の中で寝る間もなくアウランガバードに到着。
ちなみに、街の名前の最後に「バード」が付くのはイスラム教徒が造った街という意味がある。例えば、インド国内だとアーマダバード、隣国パキスタンのイスラマバード等。
それから「プール」の付く街はヒンドゥー教徒が造った街。例えば、ジャイプール、ウダイプル等。そういう視点で見ると、インドの地名にも興味が沸いてくるでしょ。

アウランガバード市内のホテルに泊まれば、エローラもアジャンタもそれぞれ車で2,3時間の移動で行けるので無理がない。
今回泊まったのは、以前ゴアでもお世話になったLEMON TREE HOTELグループの1つ。コロニアルテイスト漂う白亜の建物に、プールの青とプルメリアの白と緑が美しい。
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ホテルにチェックインして荷物を置いたら、早速エローラへ。
早朝便だし機内で眠るほど搭乗時間も長くなかったので、エローラに向かう車中は全員爆睡(笑)
ガイドさんの「着きましたよ~」の声で起きたら、そこはエローラ。

荒々しい岩肌を、ノミを使って人力で一刀一刀彫り上げて造ったとは思えないほどの大きな寺院。
右側の岩壁には、ノミの跡がはっきりと確認出来る。
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模様も繊細で、これだけ素晴らしい出来は、やはり作業に当たった人々の信仰心が強かったからに違いないと思わずにいられない。
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岩山を掘り出して寺院を造り出す作業は、上から下へ、手前から奥へと掘り進められたそうで、奥に光が届くように、当時は反射板を用いて、太陽の光を内部の暗闇に届けていた、とのこと。人間の知恵とは素晴らしいとこれまた感銘を受ける。
暗闇の中、日光の反射を受けて白々と浮かび上がる仏様の姿。
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強度も計算され尽くしており、的確な間隔で支柱が設けられている。それらの支柱も幾分の違いもなくきっちりと直線上に掘られているのも驚異的。一体どのように設計され掘り進められたのか、当時の建築技術の高さを想い、畏敬の念を抱く。
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子供達も幼いながらに、人力で長い年月を費やして彫り上げられた仏様の姿にただならぬ迫力を感じるようで、神妙な面持ちで眺めていた。
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穏やかな日の光を浴びながら、ここで修行や瞑想したであろう僧侶になったような気分に浸りながら、ゆったりと腰かけ、まだまだ知らないインドの魅力に思いを馳せる。
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天井に張り巡らされた梁。
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近代においては建築機材もあるし、技術も更に向上しているだろうけど、たとえ同じものを作れたとしても、ここまで魂を揺さぶるような感動は呼び起こせないのではないか、と思う。それは技術とかの問題ではなくて、やはり、これだけのものを人力で創造する人間の力が迫力となって迫ってくるのではないかなぁ、などと延々と考えた。

人々に忘れ去られ、ジャングルの中で眠っていたアジャンタの石窟寺院遺跡と違って、エローラは当時から周辺住民にもよく知られた存在であったため、家畜の小屋や住居として使用され、内部で火をおこして煮炊きなどもされていたそうだ。そのため壁画のダメージが激しく、当時の壁画の色彩がわずかに確認できる箇所もほんの僅かである。それでも、当時の色を目にすることが出来るなんて、本当に有り難いことだ。
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エローラの素晴らしさを堪能した後は、お腹もペコペコ。インド料理店にて昼食を。
パラク・パニール(ほうれん草とカッテージチーズのカレー)が美味しかった~!!ピー助もガッツポーズで力強くお勧めのお店KAILAS。
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お腹も満足したら、次はアウランガバードの市内観光へ。
午後の日差しの中、満腹のうえに心地良い車の揺れに誘われ、移動中はまたもや熟睡。
さぁ、お目覚め後の観光レポートはまた後日・・・。

[2010/11/25 02:20] | インド国内旅行 | トラックバック(0) | コメント(10)
妹夫妻訪印
もう1ヶ月半も前のことだけど、私たちの在印中に妹夫婦がやってきた。
二人とも仕事を持っているのでとても忙しく、赴任当初から誘っていたものの、初めてのインド訪問となった。プランを練りだしたのは天井落下の数週間前。まさかドタバタ避難生活が始まるなんて思いもしなかったので、一緒にあちこちのマーケットを案内して、マッサージにも連れて行って、布問屋に行ってお気に入りの布を見つけ、オリジナルデザインのクルタ(チュニックのような長めのシャツ)をナシームジーに縫って貰って・・・、などなどてんこ盛りのインド在住型プランを立てていた。

にも関わらず、突然の天井落下、ホテル避難、本帰国辞令・・・。
自宅のゲストルームで寝て貰おうと思っていたのが、ホテルで一緒に避難所生活を強いることになってしまい、何処へも連れて行ってあげることも、服のオーダーもすることも出来ず、せっかく来て貰ったのに、とても申し訳ない可哀想なことをしているな、姉としても辛く思っていた。
「ごめんね・・・」と謝る私に妹は、「観光なんてどうでも良いよ。手伝えることがあれば子守でも荷造りでもするからね。」と笑顔で言ってくれた。

「仮暮らしなんだし、不便でもなんでも仕方ない。」と余裕もなく超後ろ向きな私に、「ホテルの部屋の模様替えをしようよ!この間取りじゃ、子供達の動線にあってないし。」とさっさと間取り図を描き始めた妹。早速ホテルの人にお手伝いを頼んで、エッチラオッチラ家具の配置を変更。見事に広々とした、子供が走り回れる空間が出来上がった!余裕のない私には思いつきもしなかった、ホテルの間取りの模様替え・・・。

また、ミニキッチン付きの部屋とは言えども、電気ポットと流し台があるだけ。毎晩の食事も困難で、宅配弁当を頼もうにも「今日は人が少なくて配達にはいけないから、宅配弁当はできません」と断られ、別の日本食レストランに数件電話してみても同じ対応だったりして、夜8時半になってもまだご飯の手配も出来ていない状態。ホテルのルームサービスを頼んで、食事にありつけるのがもう寝るべき時間の22時・・・。
そんな日々だった。

私たちの状況や必要なものを妹から聞いて、仕事の都合で1週間遅れてインド入りした義弟(妹の旦那さん)が、「救援物資」と称し、沢山のレトルト食品や、温めるだけ・お湯を入れるだけ、という食品を持ってきてくれた。
子供達は叔父の到着&久しぶりの再会そっちのけで、「わぁ、カップラーメンだ!わぁ、牛丼だ!!」と大はしゃぎ・・・(汗)「アンタ、躾なってへんで・・・」と妹に指摘され反省・・・。


週末、お土産探しをする妹夫婦の傍ら、本気で最後の「インドのマスト・アイテム」を買い溜めする私・・・(汗)そしてデリー観光はジャンタルマンタルへ。
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ある夜は「肉を食べに行こう!」と韓国料理店へ。大阪ならともかく、インドで日本よりも本格的な韓国料理が身近で食べられることは嬉しいこと。
ここでも叔父/叔母の膝に入ってまったり甘える子供達・・・。
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プロブレムズ発生前から手配していた、アジャンタ・エローラへの妹夫婦との旅行も、一時、あまりのゴタゴタ振りと、「そんなん、国内旅行している場合じゃないやろ・・・」という暗い空気が私たち夫婦の間に流れていたのだけど、「せっかくの機会だし、私たちも今行っとかないと、二度と行けないかも!」と思い直して決行。
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子供達は叔父/叔母との旅行にウキウキ(笑)
「叔父、おんぶして~」と叔父の周りでまとわりつく鉄男。「叔母、あのね、この前ね・・・、フフフ」と恥ずかしそうに話すチー子。
そんな妹夫婦と子供達のやり取りを見ながら、また壮大なアジャンタとエローラの石窟寺院を見ながら、本当に一緒に来て良かったなぁ、と心から思ったのだった。
そういう意味でも、妹夫婦が来てくれたからこそ、最後までインドの国内旅行を楽しむ気になれたのだと感謝している。
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お互いにバイトや下宿ですれ違いになってしまっていた学生時代から、私の海外での就職、そしてお互いの結婚で、かれこれ10年以上ゆっくり話す機会なんてなかった私たち姉妹。
でも今回、窮地に立たされた私たちを助け、精神的にも支えてくれ、物質的にも援助してくれた妹夫婦に心から感謝し、「やっぱり姉妹って良いなぁ・・・」としみじみ感じたのだった。

深夜便で帰国する妹をデリーの新空港まで見送りに行った時も、最後の最後まで色々なことを語り合った。
そして、ゲートでお互い抱き合い、涙のしばしの別れ・・・。
「こんな大変な時にインドに遊びに来てごめんね・・・」
「エエって!余裕のない私を気分転換させてくれてありがとう。ゆっくり話せて嬉しかった。気をつけてな。」


それから10日後には、自分たちも本帰国になるんだけど、ギリギリ最後にインドで会えて、私たちのインド生活を見てもらえ、自分たちの「インドの庭」を案内出来て本当に良かった。
また新たに始まった日本生活。これからはお互い会おうと思えば新幹線でも車でもすぐに会いに行ける距離。いつまでも姉妹仲良く、家族ぐるみでつきあっていきたいな、と改めて思った。


アジャンタ、エローラの旅レポート詳細は、また後日・・・。
[2010/11/18 14:36] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6)
人ごとではない・・・
テレビ嫌いの私は、いつもラジオでニュースを聞いている。
昨夜夕飯時に聞いていた国際ニュースに耳を疑った。
「インド、デリーの4階建て住宅が崩壊。住民多数生き埋め状態・・・」

2ヶ月前の我が家の天井落下事件がまざまざと思い出された。
ピー助はトラウマになっているようで、未だに見慣れない場所や初めてのお宅にお邪魔すると、「ここも天井落ちてくるの?」と必ず聞く。

ニュースのコメンテーターは「そんなことがあるんですね・・・。信じられないですね。」と言っていたけど、インドの建築現場の様子を知っているし、実際にインドの「我が家」が崩壊した私たちとしては、「そりゃぁ、日本人には『有り得ん』ことだろうね・・・。でも、大丈夫かなぁ。人ごとじゃないよね・・・。」と家族でしんみり話した。

「コンクリートの瓦礫などをどかす重機が不足していて救出作業が困難」「住民の殆どが低所得層の建設現場の労働者」「長引いたモンスーンで地盤がゆるみ、建物の老朽化が原因か」・・・などなど、ラジオニュースを聞いていて、まるで見ているかのように状況が頭に思い浮かび、ますます辛くなった・・・。

これから朝夕の冷え込みも厳しくなるインド。一日も早く救出作業が進みますように・・・。
インドにお住まいの皆さんも、天井や壁の亀裂には用心して下さい!!!
[2010/11/17 12:52] | インドの苦労 | トラックバック(0) | コメント(4)
インド臭
早いもので、日本に戻ってきてちょうど1ヶ月経った。デリーにいた頃と違って、外出やら予定やらがあるわけでもなく、悲しいことに手帳も真っ白で何をしているというわけでもないのに、毎日の家事をこなすだけで(いや、全然こなし切れていないのだけど…)、時間がビュンビュン音を立てるように過ぎていく。
暑いインドを経ったのがついこの間のように感じられるのに、日本は秋も終わりで紅葉の色付きも濃い。
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引越しの段ボール箱も徐々に減り、子供部屋に勉強机も購入して設置し、調味料も少しづつそろえながら、徐々に今までのペースに戻りつつある今日この頃。愛犬の福ちゃんも、すっかり「我が家の4人目」という感じで、福ちゃんがいて当たり前の日常がある。私の掌に顎を乗せてグーグー鼾をかく福ちゃん。
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毎日夕方になれば、子供たちと一緒に福ちゃんの散歩で近所を歩く。秋の夕暮れ時、風にそよぐ稲穂の田んぼを見ながら、マツムシなどの秋の虫の声を聞く。そんな普通のことがとても新鮮で、如何にも「日本的」で母国を全身に感じることが出来るこの幸せ…。子供たちも同じように感じているようで、「虫の声、良いねぇ~」「田んぼの匂いって良いなぁ~」と口にする。
週末には、夫A-さんも一緒に家族みんなでお散歩。なんでもないことだけど、こんな小さな幸福感が凄く嬉しい。
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風に舞う落ち葉を追いかけてはそれを口にくわえる福ちゃんに、すっかり兄貴面で「こらっ!福ちゃん、駄目でしょ。食べ物じゃないのよ。」と諭すピー助。しかも母の口真似か、いつも「~なのよ」「~のよ」と女言葉なのが笑える。すっかり自分の妹分とでも思っているようで、「可愛いねぇ~、福ちゃん」「良い子ねぇ、福ちゃん」とピー助兄さんはメロメロである…(笑)
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インドでの生活は体の中に残っているし、むしろ、そちらの感覚の方がまだまだ強いからこそ、未だに日本を「わぁ、日本だぁ!」と喜んでいるのかもしれない…。インドに残っているお友達とのやり取りで、この時期のインドでの恒例イベントの話題が登ると、未だに自分もそこにいるかのような錯覚に陥ってしまう。

外出先でインドの人を見かけると、ついつい「大丈夫かな?困っていないかな?」とおせっかいを焼きたくなる自分がいる。先日も、鉄男を連れて行った先の病院にインドの人がやってきて、受付の人と片言の日本語でやり取りをしていた。
鉄男までもが「あの人、○○(インドの会社名)の人だよ。日本は寒いから風邪引いちゃったのかな?言葉、大丈夫かな?」と心配していた。インドの人がこんなに身近に感じられるのは、自分たちの心の中に、インドがしっかり根を下ろしているからなんだろうな、と思う。とても嬉しいことだ。


街中を車で走っていても、「あっ!ここにインドレストランってあるよ!」「今度行ってみようか?」「本当にインドの味かなぁ~(笑)」なんて話したり。
先日もとあるモール内にインド料理店を発見!思わず近づいて厨房を覗いてみると、見慣れたインドの堀の深いお顔が沢山!ついつい話しかけてしまう私たち…。
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メニューにはターリー(定食)もあって、日本人サイズではあるけれど、見た目はまさにインド!インド料理が恋しくなったら是非来ようね、と夫A-さんとも話した。
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そんなことを言っておきながらも、やはり外食時の口癖は「やっぱり牛でしょ。ギュウ・ギュウ!!」
焼肉定食を目の前に満面の笑みをたたえる夫A-さん。
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食べ物と言えば、子供たちはまだちょっと給食に馴染めないようで、「今日も、今まで食べたことの無い物だったよ!」と、毎回夕飯時に給食報告会が始まる。
確かに、買出し食材などをあまり持たなかった我が家は、インドで入手できる食材で食事を作っていた。勿論季節に出回る食材も日本と異なることもある。当然、作る献立にも限界がある。
でも見方を変えれば、給食1つとってみても、こんなに家族で話題に出来るなんて、これまた楽しいことである。毎日色々なメニューで提供される給食。栄養バランスを考えて下さっている栄養士さんに感謝。
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最近、渡印前からの当地でのお友達とも連絡を取り始めた。インドのお土産を渡したり、ここ5年の夫々の報告をしたり…。慣れない日本の学校生活のあれこれを教えてもらったり…。そうしながら、ここにも変わらぬ交友関係があることに改めて感謝している。

でも、まだまだ知り合いの少ない土地である。「自分から勇気を出して輪の中に飛び込んでいこう!」と意を決して、今日は地区のサークルに参加してきた。子育てを引退した女性達(私の母もしくはそれ以上の年代の方々)がお世話をして下さっている子育て支援サークルで、子育ての大先輩でいらっしゃる女性陣が託児を引き受けてくださり、その間ママたちは料理教室やエアロビクスなどでリフレッシュし、情報交換しながら交友を深める、というもの。

産後の開いた骨盤を修正するエアロビクスクラスで、その講師の先生のパワー、一緒に汗を流して踊る子育て真っ只中のママ達の健気さ、そして「ママ~」「お母さ~ん」と泣き叫ぶ子供たちをも笑顔で包み込むように託児して下さる先輩陣に出会い、とても嬉しくなった。そして、なんだか涙がこぼれてきた。
インドであろうが、日本であろうが、世界中何処であろうと、一生懸命に輝く人があちこちにいる。みんな夫々に毎日を一生懸命生きてきているし、これからもそうなんだ、とジンワリ心が温かくなった。

あちこち旅行をする度に、今まで自分の知らなかった世界で、色々な価値観を持って毎日を暮らしている人々の日常があることに驚いてきた。でも、それはなにも外国に限ったことではないのだ。日本のあちこちに、プライドを持ち、毎日を活き活き過ごし、精一杯頑張る人たちがいる。
「自分もそんな風に輝けるようになろう。理由も無く忙しがっていないで、目標を持って新日本生活を送らなければ!」と決心した一日だった。

なんだかちょっと堅くなってしまったけど、自分にしか出来ないことを見つけようと思います。とりあえず、夫A-さんの唯一の妻、子供3人&福ちゃんの代わりなき母として、笑顔で元気に過ごせるように自分を磨くぞ~!

[2010/11/15 23:05] | 浦島花子の日本生活 | トラックバック(0) | コメント(12)
インドで東洋医学!?針治療
これだけは書いて帰らねば、と思っていたにもかかわらず、とうとうインドからは発信できずにいた有益情報。
それはインドの東洋医学クリニックについて。

天井落下に続き、ホテル避難生活・デング熱のピー助の看病のなかも、普段どおり子供達を学校に通わせ、洗濯もしご飯も食べさせ、睡眠時間を削って夜中に行事の仕事などをしていた時期。
青春時代が遠い昔となった今の私が体力的に耐えられるはずもなく、ある時、左半身が麻痺しており、吐き気・頭痛・耳鳴り・手の振るえがあることに気がついた。さすがにこれはヤバイ、と思い、引越し作業の前に何とか体を立て直さねばと、お友達に教えてもらって駆け込んだのが東洋医学のクリニック。

もっと早くにこのクリニックの先生に出会っていたら、私のインド生活はまた違うものになって、更に潤いあるものになっていたに違いない、と確信できるほどに、素晴らしい体験だった。

さて、それでは針治療の詳細レポートはと言うと・・・。
医院内に入って「わぁ、すごく清潔!」というのが第一印象。診察室と12室ほどの個別ブースがあって、受付を済ませて、看護婦さんらしき人に呼ばれたら診察室へ。
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驚いたことに、全てがデジタル化されていてとても近代的。
東洋医学というと、何となくアナログなイメージを抱いていたんだけど、ここのクリニックでは、まず初診でカウンセリングを行う時に、片方の手に金属の棒を握らされ、その金属棒から出ている端子のような機械の先端を手首や足首、首の付け根などの所謂「ツボ」に押し当てる。そうすると、接続されたPC画面に数字が踊り始めて、なにやら計測値が出る。

そんなツボでの数値測定を数カ所行い、ポンッとエンターキーを押すと、すごい一覧表が画面上に現れるのだ!!
「眼精疲労度○%・腰痛・肩こり○%・腎臓疾患・・・等々」
しかもその指摘はまさにドンピシャで、「そうそう、目の疲れが酷いのよ・・・」「腎臓疾患、この前人間ドッグで言われたよ~。よく分かるなぁ~」と驚きを隠せず、「わぉ、このシステム、凄いですね。かなり近代的!!」と大はしゃぎの私・・・(笑)

そしてその数値表を元に医師の問診が始まり、更に手首や首の脈を触って、実際に何処が悪いのかを触診。
その後ブースに入って、治療を受けやすい格好に着替えたり脱いだりして、いよいよ治療開始。
患者さんの入れ替え毎にシーツも取り替えてくれ、とても清潔な個室ブースのベッド。
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最初に左半身の痺れをとるために、針を40カ所刺し、要所のツボに電極を取付け、振動させること30分。最初は、その電気的な振動の刺激に反応してビクンビクン違和感を感じるんだけど、気がつけば涎を垂らしてベッドで熟睡していた私・・・。
そして、目覚めたときの爽やかさ&体の軽さと言ったら!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(エクスクラメーションマークの数で伝わりますか、この驚愕!?)

時間が経って、先生が現れ様子を診た後に、看護婦さんが指した針を数えて抜き忘れの無いよう確認しながら一本一本素早く抜き取っていく。使用する針は中国からの直輸入物で一度使用のみの使い捨て。使用の直前に開封されるという徹底ぶりにも安心できる。
長い針(上)と短い針(下)
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クリニックの扉を開けるときは、吐き気・めまい・耳鳴り・半身の痺れと最悪な状態だったのに、もう別人の体に乗り移ったかのような身軽さ!これは本当に感動的で、先生に思わず抱きつきたくなったほど。それでは怪しいので、「まるで生まれ変わった様です!これはミラクルだわ!素晴らしい!!もっと早くに先生に出会いたかった!!」と感謝感激の思いを熱く伝えた。

そして、お次は眼精疲労と肩こりの治療。今度は少し長めの針を使用して、掌の横などに4㎝ほどブッスリと深く差し込む。見た感じは痛々しいけど、全く痛くも痒くもない。
見苦しい画像で申し訳ありません・・・
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首の付け根の要所ツボに電極を取付けて、振動させるものの、肩がリズムに合わせてガクガクするので酔いそうで先生にヘルプを求める。すると、「振動じゃなくて、伝熱なら大丈夫かしら?」と電極を熱して針を通してツボを熱刺激。電極機械を使用した東洋医学って、何だかイメージが大きく変わりませんか??この機械も中国本場の物。
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これまた最高に気持ち良かった!!「天にも登る気持ち」とは実際天に昇ったことが無いので分からないけれど、きっとこういう感覚なんだろう、と確信出来るほどの心地よさ。またもや、気がつけばベッドの上で涎の池に俯して熟睡しておりました・・・(汗)

会計も明瞭で、伝票が価格表になっているので、治療毎の加算方式でとても安心。
2時間弱の針治療で身も心も軽くなり、確実な効果が実感できるのなら、これは破格!!!!!
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治療後に先生とお喋りをした。
先生のデスク後ろには、本場中国の東洋医学研究所の修了証書が飾られており、確かな腕を証明している。
「先生は中国にお住まいだったんですね。何年ほどいらしたんですか?」
「中国語、話せますか??」
「私は今回どうしようもなくてココにお邪魔したんですが、もう本帰国なのでこれが最初で最後の治療です。でも、もっと早くに先生に知り合っていたら、私のインド生活は、心身共にもっと楽になっていたに違いないと思います。それだけが残念です・・・。お忙しいでしょうが、ご無理の無いようにご自愛下さい。今回は助けて下さって、本当に有り難うございました。」と深々頭を下げて、堅く握手を交わし、クリニックを後にしたのだった。

「針治療、痛そうで怖いわ・・・」と仰る方、どうしようもない体の不調にも関わらず、時間もないし、横にもなれない、という多忙な方、本当にお勧めします。騙されたと思って、足をお運び下さい。
「天に登る気持ち」が実感できますよ。

インド生活は、楽しいこと・素敵なこともありますが、知らず知らずのうちに疲れも溜まっていっているのは確実。体が弱っている時は、心も弱くなってマイナス思考になりがち・・・。
それを防ぎ、如何に身も心もハッピーで居られるようにするかが、「インド生活を楽しむか、もしくは嫌うか」を大きく左右すると思う。

インドでは、これから厳しい冷え込みの冬が始まります。どうぞ、体調を崩されませんよう、健康第一でお過ごし下さい。これは日本のaranyosからの切実な願いです・・・。

《情報として・・・》
KAPUR ACUPUNCTURE CLINIC
N-9 RESIDENTIAL AREA GK-1 NEW DELHI
針/お灸など東洋医学の治療を全般的に行っているようです。
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☆場所
GK-1のNブロックマーケット裏手にある居住地区内
バサント方面からお越しの際は、Nブロックマーケットに入ってすぐの左ゲートから、居住地区に入ると分かりやすいです。
☆電話予約
011-2924-4352
診察時間が短いし患者さんも多いので、電話予約が確実です。

皆様の健やかなインドライフを日本よりお祈りしています!

[2010/11/10 14:51] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(7)
福が来た!
我が家に福がやってきました!なんと家族が増えました~。

実は「本帰国したら・・・」と、ずっと先延ばしにして願い続けていたことがある。
それは、犬を飼うこと。

インドの自宅の天井が落ちてからというもの、色々な問題が続き、急遽本帰国が決まってしまい消沈モードの中で、チー子だけは凄く前向きに本帰国を喜んでいた。
それも「やっと犬が飼える!!」という理由から・・・(笑)
「チワワが良いなぁ~。シーズーも可愛いよね。パグも良いし・・・。あぁ、迷うなぁ~。」と毎日のように言っていたチー子に、その度、「本帰国してもすぐには飼えないよ!だって、家の準備だって、引っ越し荷物の片付けだってあるんだからね。暫くは我慢するんだよ!」と口を酸っぱくして言っていた私・・・。

ところが、その張本人である私が、お店で出会った途端に一目惚れして、「今日すぐに連れて帰りたい!お願い!」と夫A-さんに懇願し、エアー便の段ボールが一杯の我が家に犬を連れて帰ってきてしまったのだ(笑)

ビビッっと感じるものがあって一目惚れしたのも納得。実は私たち、誕生日が一緒だと判明。お店のお姉さんに「このワンちゃん、うちのお母さんと誕生日が一緒なんだって!」と言う子供達に笑顔を向けるお姉さん。更に「お母さんと生まれた年も一緒なのかな?!」という問いに対しては、「有り得ない・・・」とでも言わんばかりに顔が引きつっていたのが悲しい・・・(涙)
ちなみに、5月3日憲法記念日が誕生日なので、GW真っ只中だし、子供時代はプレゼントを買って貰うよりも、「家族旅行がプレゼントだよ。」と親に言われ、誕生日には温泉に浸かっていた記憶しか無い・・・(汗)

肝心のワンちゃんですが、フレンチ・ブルドッグの女の子。顔がクシュッとなっているところが可愛くて、頭の形が大福餅みたいにコロンとして、しかも黒に白なので、まさに大福餅!
「名前は大福餅だ!」という母に、当然ながら(?)子供達は猛反対。「いやだ、可愛くない、長い、言い難い。『福ちゃん』にしよう」と決定。

我が家の4人目、福ちゃんで~す!よろしくお願いします!
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《追記》
前回の日記で皆さんにご心配頂き、多くの励ましを頂いた、チー子の学校での「インド人」発言の件・・・。
実は、その後チー子が「学校に行きたくない・・・」と言い出したので、これは本当にやばい、と思い担任の先生に相談しました。

先生は真摯に受け止めて下さり、学級の子供達にきちんと話をして下さったそうです。「チー子は両親も日本人で、日本語も話すし、日本にも住んでいたことのある日本人であること。」
「『インド人』と意地悪な感じで言うのをインドの人が聞いたらどう思うか?インドの人に失礼である。」
「インドはとても素敵な国であること。」
「色々な国の人、色々な言葉を話す人、色々な違いがあって当然であること。それを意地悪の材料にすることは間違っていること。」
などを伝えて下さったそうだ。

子供達はとても素直に聞いてくれ、「僕もチー子ちゃんに『インド人』って言っちゃった。ごめんね。」と自己申告して謝ってくれる子もいたそうだ。
きっと深い意味無しに言ったのだと思う。新しい仲間を何か特徴付けて覚えるために、インドから来たから『インド人』と言っただけであろう。
今後外国や違う地域から転入してくる子がいたとしても、今回のことから学んでくれるなら、それはそれで、クラスの子供達にとっても、良い勉強の機会になったと思いたい。

まだまだ慣れない学校生活だけど、福ちゃんのお陰で、チーコが明るく活き活きとしているのはありがたいことだ。「福ちゃん、可愛いね~」「福ちゃん、ご飯あげるね。」「福ちゃん遊ぼう!」・・・寝ても冷めても「福ちゃん」である(笑)

クラスのお友達にも、「あのね、家にね、福ちゃんっていう犬が居るんだよ。見たい?」と話しているようなので、これからお友達が遊びにやってくる日も近いかな、と楽しみである。
あぁ、その前に、引越し荷物のダンボール箱の山を片付けなければ…(汗)

[2010/11/08 03:31] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12)
新生活スタート
いやぁ~、日本の生活は忙しい・・・。インドの時間は何となくゆったりと流れているような感じだったけど、日本では、朝起きて活動して、あっという間に夜で「もう寝なければ!」という風で、パソコンをチェックする間も無いほどにめまぐるしく日々が過ぎていく。気がつけば本帰国して、もう3週間が過ぎてしまっている!!

初めの週は、浜松の自宅での事務手続きや片付けなどが終わって、大阪の実家に預けていた子供達を迎えに行き、更に広島の実家へ帰省するという「帰省ウィーク」。久しぶりに自分達で運転して走った日本の高速道路。いやはや、素晴らしいのなんの・・・。新しくできた新名神や京滋バイパスなどを通って、夫A-さんと交代しながらのドライブ。
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道に凸凹はないし、どこまでもスムーズに、何処へでも行けてしまう便利さ。サービスエリアのトイレもホテル並みに美しく、電光掲示板の交通情報などに驚いたり(笑)
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サービスエリア毎の特色ある地元食材を使ったグルメも美味しく、何処で何を食べても美味しいことに感激しっぱなし。

季節も秋で、紅葉がこれまた美しかった・・・。久しぶりの日本での秋。黄や赤に染まり行く木々の美しさに見惚れ、梨や早生蜜柑などの秋の果物を堪能し、お腹は膨張するばかり・・・(涙)
広島と言えば牡蠣!海辺の牡蠣問屋へ。「僕も見たい!」「はいはい、ピーちゃん、抱っこしてあげようね。」日本に帰ってきてから更にお姉さんっぷりが上がったチー子。
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じゃじゃ~んっ!牡蠣づくしの食事!インドの皆様ごめんなさい・・・(汗)
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そして、6月に体験入学させて頂いた広島山間部の小学校へ再び半日入学させて貰った。嬉しいことに、「鉄男君じゃぁ!!(広島弁)」「わぁ、チー子ちゃん、帰って来たんね!」とお友達も覚えてくれていて、空白の期間なんて無かったかのように楽しく遊んでいた。
鉄男はレクの時間にドッジボール大会に興じ、
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チー子は国語の『大きなカブ』の劇に飛び入り参加。
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ここでの経験のお陰で、子供達も新しい日本での学校生活への不安はグンと減っていると思う。靴箱もそのままに残して置いてくれたことが、これまた嬉しい。
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インド、広島、そして新たに浜松に「母校」があることは有り難いことだ。

そうそう、ピー助の卒乳作戦はというと・・・。
大阪の実家で預かって貰っている間は、ママの「ま」も出ない程に大興奮でジジババとの時間を楽しみ、本人も小さいながらに「オッパイは卒業しなければ・・・」と我慢していたようで、時折モジモジと辛そうにしていたそうだ。私が迎えに行った夜も、「オッパイ」とは口にしないけれど、夜寝るときも車に揺られれば眠りやすいことを知っているので、「ドライブ行こうよ・・・」などと自分から訴え、何とか別の手段で寝ようと試みていた。
幼いなりに「おっぱい欲」と戦って頑張っているんだなぁ、といじらしくなった(涙)
でも、やはり夜更けに「おっぱい欲しい」とポツリとつぶやき、そこからは一気に元に戻ってしまいましたとさ・・・(笑)そういうわけで、今も授乳マシーン続行中(汗)


色々な方から「大丈夫??出来るの?」と心配されていた久しぶりの主婦業・・・。いやいや、停電も断水もない日本での主婦業はとても新鮮で、何事も手際よく終われることに感動しっぱなし!蛇口をひねれば勢いよく綺麗な水が出て、浄水などを使わなくてもそのまま水道水で野菜を洗えたり、包丁もまな板もチャチャッと洗える。ギザ(給湯タンク)のスイッチをわざわざ入れなくても、自動給湯システムのお陰で、一日中、好きな時にお湯もふんだんに使える。勿論お風呂だってたっぷりのお湯に浸かれる!!!

そんな「普通」と思われがちなことも、「当たり前ではないのだ」と理解し、どれほど有り難いことであるかを知った今、私も子供達も節電・節水がしっかり身についている。この習慣はずっと維持していきたいと思う。

一方、便利な日本にいながらも、文明の利器に取り残された感もあって、自宅のIHキッチンを使いこなせず料理を焦がしてしまったり、給湯システムの操作パネルがわからず、せっかくの機能も活かせていなかったりと浦島花子はアタフタしております(笑)


鉄男とチー子は先週より新しい学校へ通い始めて、無事に最初の1週間が終わった。
朝は通学班での登校になるので、初めての通学路を近所のお友達と一緒に歩いて学校へ。
一応、初日は夫婦揃って、いや、ピー助も連れて、ゾロゾロと通学路を歩いて家族総出で学校詣(笑)
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1学年4クラスもあって、全校生徒も700人、4階建てと、デリーの日本人学校とは規模が全く異なり、親の私たちもドキドキ。
でも、鉄男は幼稚園の2年間通った地元の幼稚園時代のお友達がクラスにいて、これまた嬉しいことにその子達が鉄男のことを覚えてくれていたり、ご近所のお友達が宿題のやり方(本読みカードや書き取りの仕方など)を教えてくれたりと、何かと心強い。

残念ながら、チー子はまだあまり楽しめていないようで「デリーの日本人学校に戻りたい・・・」と言い続けている。理由は学校で「インド人」と意地悪っぽく言われること・・・。
インド帰りをからかわれるであろうことは、帰国前から予想はしていた。それが現実となり、正直言うと私もショックだった。
でも、ここで母も一緒にしょげていたら母子でドヨーンとなるので、グッとこらえて明るく笑い飛ばした。
「えっ??『インド人』って悪口なん?インドはええ所ってチー子ちゃん、知ってるやん(笑)きっとその子らは、インドに住んでいたチーちゃんのことが羨ましいんやで。自分らも行きたいんやで。『インドはええ所やで~』って言うてやり(笑)」

マイナス面も理解しているけど、インドの良いところも沢山知っているのだ。インドの人の優しさも一杯受けてきて育っているのだ。「インド人」のどこが悪口なのだ。意地悪そうに「インド人」と言われたって堂々としていれば良い。恥じることはないのだ。そう伝えたい。これからも何度でも言い続けようと思う。子供達にインドで育ったことを誇りに感じてもらえるように・・・。

インドでは、不便なことも、日本でなら感じることの無かったような辛いことも一杯あったけど、日本にいては考えられないような経験も沢山してきているのだ。その分、色々な見方が出来ることを誇りに思って欲しいと母は切に願う。

本帰国前のインドでのバタバタ生活から、日本に帰って来てからの興奮の日々。新しい環境での適応しようという気力や努力・・・。そろそろ子供達も疲れが出てくる頃かと思う。久しぶりの日本の寒さで体調を崩しやすいこともある。子供達のヘルプサインを見逃さないようにしっかり気を配っていかなければ!!

ちなみに、ピー助は日本に帰ってきてからというもの、やんちゃパワーが炸裂中。兄姉の通学ヘルメットをかぶってふざける姿には癒される(笑)
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そんなこんななaranyos一家ですが、航空便荷物の片付けが落ち着いたら、徐々にインドの記録も更新していこうと思います。今後ともよろしくお付き合い下さいませ。

[2010/11/01 23:52] | 浦島花子の日本生活 | トラックバック(1) | コメント(32)
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プロフィール

aranyos

Author:aranyos
2006年4月家族でインド亜大陸に上陸。
心優しい夫のA-さん、鉄道大好きな息子の
鉄男、プリンセスにあこがれる娘のチーコ
と私に加え、インド生まれのピー助の5人家族。
インドでの目標は
*サリーを作る→次は着られるようにならねば!
*パンジャビスーツを作る→済み
*ヒンディー語にトライしてみる→講座終了
*インド料理を作れるようになる→修行中
*デリーにある全遺跡制覇→日々徘徊中
*国際交流の輪を広げる
「郷に入っては郷に従え」をモットーにインド
生活を楽しむぞ!

2010年10月15日を以て、インド生活に幕を下ろしました。
インド生まれのピー助が成人する2028年に、再びインドの地を踏みたいです!「インド再訪貯金」頑張るぞ~!
本帰国後、新たに、犬の「福ちゃん」も家族に加わりました!
《結論》
ボハット アッチャー!!インド生活!
(インド生活 最高です!!)

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